今回は一乗谷城と岩村城をご紹介します。
一乗谷城
主な遺構は、〔山越部分〕一の丸、二の丸、三の丸、千畳敷、堀切、竪堀など
〔城下町部分〕唐門、湯殿跡庭園、城戸跡など
見どころは、一乗谷城は朝倉氏の館だけでなく、城下町と周囲の四つの山城を含む縄張りをさし、朝倉孝景が越前の守護斯波氏を破り、一乗谷に居館を移したことにはじまる。
朝倉氏は一乗谷の南北に二つの城戸(城門)を設けて城下町を守り、館の背後の山には夥しい数の畝状空堀群(竪堀)で守られた山城(一乗谷城)を築いた。
織田信長によって灰燼に帰したが、復原整備されている。
・唐門
江戸時代、松雲院の山門として建てられました。
この場所にかつて朝倉義景館の西正門があったとされている。
・町屋群
立体復原された町屋は職人たちの暮らしぶりがわかるように工夫されています。
武家屋敷群も復原されているので、ふたつを見れば戦国の城下町を体感できます。
・南東から見た朝倉氏館跡
平面表示された館跡。戦国時代の貴重な遺構で、朝倉義景の館跡です。
約80m四方の居館は三方を土塁と堀で囲まれ、主殿ほか16棟の建物跡が確認されています。
スタンプ設置場所 「復原町並」入口(南・北)
岩村城
主な遺構は、曲輪、堀切、井戸、櫓台
見どころは、標高717mの日本一高い地に築かれた城です。
高取城、備中松山城とともに日本三山城といわれています。
遠山氏の居城だったが、戦国時代に織田信長の家臣河尻秀隆・森長可、江戸時代に松平氏・丹羽氏が城主となり改修築。
城は、山頂・山腹多くの曲輪群が階段状に広がり、山麓に居館群がありました。
本丸、二の丸、八幡曲輪、東曲輪がよく残っています。
本丸北東面にある雛壇状に築き上げられた六段の石垣が最大の見どころです。
・日本三山城からの景色
右手奥に平らに見えるのは恵那山です。前の石垣は長局埋門跡。
・太鼓櫓と表御門
山麓の藩主邸跡に平成2年(1990)に再建された太鼓櫓と表御門・
左はしは移築された藩校知新館正門です。
・本丸北東面の石垣
6段に積み上げられた見事な石垣です。江戸時代に積み直された所も多いが、岩村城を代表する景観です。
スタンプ設置場所 岩村歴史資料館受付窓口(休館日は岩村振興事務所)

ふくすけ

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