今回は根城と盛岡城をご紹介します。
根城
主な遺構は、本丸・中館・東善寺舘・岡前舘・沢里舘・捨て郭・堀・土塁です。
根城は、甲斐から陸奥に移り住んだ南部氏が南北朝時代から戦国末期まで本拠とした城です。
昭和53年からの発掘調査によって本丸のほか7つの曲輪で形成されていることが判明しました。
その結果をもとに史跡公園として復原整備が行われています。
本丸主殿や鍛冶工房、馬屋、納屋、東門などが復原され廃城前の安土桃山時代の根城の暮らしが伺い知れます。
〇復原された柵と堀
本丸の周囲は策と空堀(薬研堀)で厳しく守られていました。
〇南東上空から見た本丸跡
中央のL字型をした建物が主殿で周囲に鍛冶工房や中馬屋などが再建されています。
〇復原された主殿
曲屋様の主殿は接客や儀式の場として用いられました。建物内部の広間に正月の儀式の様子が人形で再現されています。また主殿の南には常御殿、億御殿の掘立柱穴も表示されてい、ます。
〇スタンプ設置所
史跡根城の広場料金所、八戸市博物館受付、根城史跡ボランティアガイドハウス窓口
盛岡城
主な遺構は、本丸・二ノ丸・三ノ丸・淡路丸・榊山稲荷曲輪・石垣・堀・彦御蔵です。
盛岡城は、南部信直が三戸から不来方へ本拠を移し父子3代で築いた城です。
本丸、二ノ丸、三ノ丸が直線的に並ぶ連郭式の縄張りで、曲輪間は空堀になっています。
本丸には天守の代わりに三重の櫓が建っていたそうです。
盛岡城には主要建造物の遺構は残っていません。
しかし、花崗岩を加工した見事な石垣が残り、会津若松城と白河小峰城とともに東北の石垣造りの三名城として名高いです。
〇彦御蔵
腰曲輪のそばに移築された土蔵で、城内に唯一残る藩政時代の建造物です。
〇堀跡
城がある丘陵地は良質の花崗岩が多く、石切り場でもありました。
〇腰曲輪の石垣
粗く加工された打込み接の石垣は、高さ約12メートルで、城内を丁寧に見ていくと築城時の野面積みの石垣もところどころに残っていて時代による返還が楽しめます。
〇スタンプ設置所
もりおか歴史文化館