真言宗智山派 総本山 智積院(ちしゃくいん)は、和歌山県紀州根来寺の学問における最高位の僧が住まいにした塔頭(たっちゅう)の名前です。
智積院の歴史としましては、紀州の根来寺(ねごろじ)が、安土桃山時代の天下人であった豊臣秀吉の逆鱗(げきりん)にふれ、焼き討ちにあいました。
その時、学頭であった玄宥僧正(げんゆうそうじょう)がお弟子さんを引き連れ、根来を脱出して京都に難を逃れました。
そのあと、難を逃れたこの京都の地に、臨済宗の祥雲禅寺(しょううんぜんじ)を豊臣秀吉が建立しました。
なぜなら、最初の跡取りとして生まれた鶴松公(つるまつぎみ)が、わずか3歳で亡くなられて、とても悲しんだからです。
そして、豊臣秀吉が亡くなった後に、徳川家康が祥雲禅寺を管理するようになりました。
その当時、玄宥僧正にはまだお寺がなかったので、徳川家康が祥雲禅寺を譲り渡して、引き連れられて来た根来寺の学問最高位の僧が住まいにし、塔頭「智積院」の名で再興したという事です。
智積院の中に、金堂(こんどう)と言う本堂があります。
これは、江戸時代中期、京都の織物商の娘だった、5代将軍徳川綱吉の生母、桂昌院(けいしょういん)の寄付により建立されましたが、明治15年に焼失しました。
現在の金堂は、弘法大師 空海ご誕生1200年記念事業として、昭和50年に建立されたものです。
真言宗は、仏教の一代宗派として旧世紀初頭、弘法大師 空海によってひらかれました。
その真言宗における根本の仏、大日如来(だいにちにょらい)が金堂に祀られています。
本来悟りをひらいた仏は、質素な姿で表現されますが、ここの大日如来は、きらびやかに祀られております。
なぜなら、大日如来は最高の仏だからです。
他には、素晴らしい庭園があります。
これは、山は中国の廬山を、池は長江をモデルとしている築山泉水庭の先駆けとなった貴重な遺産です。
とても迫力があり綺麗です。
それでは、ご興味のあるかたは、是非、行ってみてください。
智積院への行き方は、京阪本線「七条」駅から徒歩およそ10分か、市バス「東山七条」下車してすぐです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
nuts
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