中国大連日記(九)

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中国大連日記(九)川下り漂流編(前編)

 

中国に行くときは、本当にハプニングだらけ。

 

今回も4年前の話になりますが、ハプニング多発でした。

東日本震災以来、大連経由北京行きの便がなくなったので(今年から復活しました。)、その代わりに上海経由北京行きの便に乗り、上海から乗り継ぎで大連に行く事にしました。

いつもと同じく、妻と子供たちは先に大連に行っていて、大連までは一人旅でした。

仙台空港からオーマイガー!

飛行機は、上海から到着して清掃後、折り返しで上海に出発する飛行機なのですが、出国手続きを終えて、飛行機を待っていると到着まで3時間遅れのアナウンスでした。

本来は、15:45分に離陸のはずだったのに、18:45になってもチュックインができませんでした。

「タイヤにキズが見つかり、点検作業にはいります。」というアナウンスがあり、ますます離陸時間に遅れが出ました。

 

中国人のオバチャンたちは、我慢できなくなり空港スタッフに「腹減った、機内食を出しなさいよ。」と日本語で詰め寄っていました。

恐るべし中国のオバチャン達です。

その後、まもなく「機内食を出しますので機内での食事はありません。」とアナウスがありました。

 

この時点で、20:00頃です。また、「タイヤを点検した所、離陸・着陸に問題が無いため、もうすぐチェックインをして機内にご案内します。」とアナウンスがあったけれど、機内に案内されたのは、21:00頃でした。

チケット確認時に、「遅延証明書を発行しますか。」と言われのですが、意味が分からず貰わなかったのが後から響くことになります。

離陸21:30頃。大連空港行き上海空港発、17:45。とっくに出発していて、上海1泊決定です。

上海空港、到着23:00(日本時間00:00中国との時差は1時間)。到着して税関を抜けたのは30分後で、サービスカウンターに行くとすでに灯りは消えて、営業は朝7:00からでした。

妻に、当日大連に行けない旨スマホで伝え、空港ロビーで休憩室を探しましたが見つからず、空港内ホテルはあったものの言葉が通じず諦めました。遅延証明書があればもしかしたら無料で泊れたかもです・・・

仕方なくホテル泊を諦めたので、空いているロビーのベンチを探し休憩です。さすが国際空港で、ロビーも広いです。やっとベンチに座ったものの、夜中でも飛行機の離発着があり、人の往来が多く荷物を抱え

て仮眠することができませんでした。いつ荷物を盗まれるのかわからないので、トイレにもオチオチいけませんでした。

ほとんど寝ることなく朝を迎えました。

中国航空サービスカウンターがサービス開始したので行くと、若い男性のスタッフで英語と中国語しかわからず(当然ですね)、自分は日本語しか話せないので身振り手振りで「遅延、遅延!」と言い続けていた結果、電話でいろいろな方面に連絡してもらい何とかわかってもらえたようです。

中国南方航空の08:30発の大連行きに乗せてもらい、大連空港に無事到着しました。

が、到着ロビーに出ると迎えに来ているはずの妻がいなく、ロビーで少し待っていると妻の兄一人できました。車内で2人、中国語で「你好,你好」しか言えず会話が成り立つわけもなく、マンションに着きました。

妻から聞くと、妻は出かけていて兄と合流して自分を迎えに来るはずが、渋滞にハマって合流できないので兄ひとりで迎えにきた。しかし、空港手前で車両の被害事故に遭っていたらしく、警察を呼んでいた為時間がかかったので遅れたらしい。兄の車は、アウディのSUVでキズが少しありました。もったいないけど、そこは中国、相手から即現金を貰い解決したそうです。

 

今回の中国大連日記(九)川下り前編はここまで。

最後までお読みいただきありがとうございました。

次回、中国大連日記(十)川下り後編をお楽しみに!「再見!」

 

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ナルカナ

ナルカナ

秋田市在住のシニアの星屑にならないよう、日々努力 しようとしているナルカナです。 令和2年、サラリーマン(正義の味方補佐)正社員最後の年となります。 もう収入の減額はきまっているので、なん とか成果をだして副収入を得たいと思っています。 パソコンは得意ではありませんが、セカンドライフを謳歌していきたいと 思います。残りの人生折り返してますが、家族とともに楽 しく生活していきたいです。

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