今回は金沢城と丸岡城をご紹介します。
金沢城
主な遺構は、石川門、三十間長屋、鶴丸倉庫、石垣、堀です。
見どころは、加賀一向一揆の拠点の1つであった金沢御堂の跡地に織田信長の家臣佐久間盛政が築城したのが始まりです。
その後、前田利家が入城して金箔瓦の天守を築いた可能性もあるとみられていますが、落雷で焼失。
現在の金沢城の姿は寛永八年(1631)からの普請によると考えられています。
菱櫓、石川門など百万石の大大名の居城にふさわしい豪壮な建造物群に目を奪われがちだが、各曲輪を土橋で連結させた縄張の巧みさもみどころです。
・石川門二重櫓と土塀
石川門は内升形門で、二重櫓はその空間を固める建物の1つです。鉛瓦葺の屋根、唐破風の出窓形石落、海鼠兵なども見どころです。
・河北門
城の実質的な正門。二の門(櫓門)と一の門(高麗門)、ニラミ櫓台、枡形土塀で内枡形が構成されています。
・菱櫓・五十間長屋・橋詰門続櫓
菱櫓とは平面が文字どおり菱形をした櫓です。これら連続した建物群は石落、格子窓(
鉄砲狭間になる)が設けられ戦の時に二の丸を防御する施設になっています。
スタンプ設置場所 二の丸案内所(9:00~16:30)、石川門入口案内所
丸岡城
主な遺構は、天守、本丸、石垣です。
見どころは、丸岡城は柴田勝家の甥の勝豊の天正四年(1576)築城が最初とされています。
近年行われた調査の結果、現存する天守は松岡藩が成立した寛永年間(1624~43)、本多氏の時代に整備されたことがわかりました。
小丘に築かれた城は本丸と二の丸を五角形の内堀が巡り、さらにその外周を三の丸と丸堀が囲んでいました。
しかし、現在残るのは本丸とわずかな堀だけです。
天守各階の外壁の様子や出窓、破風なふなど古風な姿をじっくり見ておきたいところです。
・西より望んだ天守
昭和23年(1948)の福井地震で倒壊しましたが、昭和30年(1955)に修復再建されました。
・天守の廻園と高欄
上部にわずかに見えるのは窓の突き上戸。天守内を見学できるので、石落などの防御施設も見ておきたいところです。
・天守北東面
天守は二重三重の望楼型。1階は塗籠と下見板張、三階は柱や長押などをそのまま見せる真壁造。屋根瓦は笏谷石の石瓦が使われている。
天守台の石垣は自然石を使った野面だが、加工した石を用いた打込接で修復されたところもあります。
スタンプ設置場所 丸岡城券売所前

ふくすけ

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